とやまらいふ

富山産100%の家を設計すべく奮闘する、建築家の卵の富山生活メモ

富山が誇る隠れた遺産①

今日は富山に残る遺産について。

遺産と言えば世界遺産

でも世の中には陽の目を浴びない遺産がいっぱいありますね。

今日はそんなひっそり残された遺産を紹介。

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「富山薬学発祥之地」

おお〜さすが薬の富山!

でもこのモニュメント以外には解説も無ければ、建っているのは民家の庭先?

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いやいや!

記念碑ならもうちょっと何かしても良いと思うのですが…

とりあえずインターネットを駆使して調べたところ、すごーく端折って書くと今の富山大学の薬学部の前身となった共立富山薬学校が最初に建った場所のようです。その富山大学薬学部創立75周年を記念して建てられた記念碑なんだとか。

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明治26年に開校し、当時は富山市の負担も有りつつ、広貫堂さんやその他有志の寄付金で建設されたそうです。

その後、火事やら空襲やらも有り、敷地を変え市立→県立→官立→国立と変遷し現在は富山大学薬学部になっているとのこと。

記念碑に使われたのは、官立になって奥田に移転した際の官立富山薬専門学校の門柱だそうです。

と言うわけでこの記念碑がある場所は共立富山薬学校のあった広貫堂さんの本社前。

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市内の路面電車、通称「市電」に乗って広貫堂前で降りて1分です。

暇を持て余してる人は行ってみてください。

と言うわけで、富山が誇る遺産の1つを紹介しましたが、今回の遺産のように人知れず佇む遺産って結構あるんじゃないか?って思います。

お金をかけて綺麗に整備すれば良いんじゃないかと思いますが、年間何人見にくるかもわからないし、管理にお金だってかかるでしょう。

でも今富山が「薬の富山」なんて言えるのもこうした先人の方々の並々ならぬ努力の賜物です。

ブログで紹介したからどーなるって物でも無いとは思いますが、私が出来る事はせいぜいここで紹介する事くらいなので記事にしてみましたー